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まだ庶民には届かない。平安時代~

≪喫茶(茶をのむ)の始まりは?​≫

9世紀初め、日本の喫茶文化は盛んになります。

これまで日本古代における喫茶を語る場合、宮中で執り行われる季御読経(きのみどきょう)※1における引茶(ひきちゃ)※2が公的な最初のものとされてきました。茶は、少なくとも平安時代を通じ13世紀初頭に至るまで、季御読経の引茶のような儀式に用いられるものが中心で、天皇・貴族・僧侶などごく限られた範囲で存在しました。この平安時代に煎茶は存在しておらず、当時のお茶は餅茶(へいちゃ)※3ではなかったかと推定されています。

※1季御読経(きのみどきょう) 聖武天皇の天平元年(729)年4月8日に始まり、春秋二季の2回、国家の安穏を諸大寺の僧100人を宮中に請じ祈願させた法会。この法会の最中に衆僧に「引茶」があったという。

※2 引茶(ひきちゃ) ここでいう「引茶」とは、法会に参加した衆僧に対するもてなしの一種。法会での疲労を癒すために甘味料を加えた甘いお茶が出されていた。

※3餅茶(へいちゃ)

製造方法生葉を蒸して臼でつき型にはめて日干しした後、串にさして焙炉であぶってから保管。その名の通り餅の形をした固形茶。

飲み方香りを高めるためにまず焙り、薬研のようなもので粉にし沸騰した湯に少し塩を加えて適量の茶を入れ、煮立ったらすぐくんで飲むというものでした。

≪番茶の始まりは?≫

『兵範紀(ひょうはんき)』※4(1157年)に「茶染狩襖袴(かりあおばかま)」※5とあり、茶染の衣料の存在が知られます。12世紀には茶は染料としても使われ、飲用の茶葉を摘んだあとの古葉を煮出して染めたものと推測されています。さらに古葉を使う下級茶の飲用、つまり番茶の起源が平安時代にまでさかのぼる可能性まで指摘されています。

※4 兵範紀(ひょうはんき・へいはんき)平安時代の公家平信範の日記。

※5 狩襖袴(かりあおばかま) 狩襖(かりあお)を着る時にはく、括(くくり)袴。

その後、鎌倉時代においても茶は希少品でした。個人的なつてにより流通するだけでその範囲も寺院社会周辺に限られ、庶民に流通するまでには至らなかったと考えられています。

 参考書 

『日本茶インストラクター講座Ⅰ』日本茶インストラクター協会

『茶大百科Ⅰ』農文協


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